CEOの仕事観に迫るメディア、CEO VOiCE。今回インタビューに応じてくださったのは、株式会社ギックスの代表取締役CEO・網野知博氏です。 27歳で訪れた突然のキャリアの空白、そして厳しい役員からの怒号――。 さまざまな困難の中で「働く」とはなにか。迷いながらも自らの足で歩んできた網野氏の軌跡から、これからの時代を生き抜くための視座を紐解きます。
大学時代からクリケットというスポーツをやっていて、ずっと日本代表選手だったんです。社会人になってからも、1年52週あるうちの45週くらいは週末の予定がクリケットで埋まるような生活でした。
だから就活のときも「こういう仕事がしたい」というこだわりは一切なくて、面接の中で片っ端から「代表に選ばれたら夏に3週間休みをいただくことになりますが、認めていただけますか?」と聞いて回ったほどです。
その中で唯一「いいよ」と言ってくれたのがCSK(現・SCSK)だったので、そこに入社しました。当時、ITへの興味はゼロで「SIerってなんだろう?」という状態からのスタートでした。
大きな転機は、27歳で日本代表を引退したときです。
同時にクラブチームでの活動もやめたため、今まで予定でびっしりだったカレンダーがいきなり真っ白になってしまって。その瞬間、「この先、自分は何をして生きていくんだろう」と急に分からなくなり、強い不安に襲われました。
そんな中で大前研一氏の『企業参謀』という本に出会いました。
企業を成長させる『参謀スタッフ』という仕事があることを知って、「ビジネス上にも、 世界と戦えるフィールドがあるんだ」とすごく惹かれたことを覚えています。
その後、社内で経営企画部門に異動する機会に恵まれ、経営や戦略という仕事に本格的に取り組みはじめました。
経営企画に異動してすぐ、あるM&A案件の検討を任されたときのことです。
投資案が2つあり、コーポレートスタッフとしてそれぞれのメリット・デメリットを調べる作業をしていました。報告は上司が行う予定だったのですが、たまたま都合が悪くなり、私が代わりに説明することになったんです。
緊張しながら報告を終えると、役員から「で、結局お前はどっちに投資したらええと思うねん?」と問われました。
でも私はどちらを選ぶべきかまでは考えていなかったんです。「甲乙つけ難いので、もう一回調べさせてください」と答えた瞬間、「アホか、お前!」と怒鳴られ、恐怖で立ちすくんでしまいました。すると役員は急にニッと笑い、諭すように言ったんです。
「どっちも正解なんてことはないかもしれないし、両方正解なこともある。お前が考えて甲乙つけ難いと思うなら、どっちに投資しても成功するときは成功するし、失敗するときは失敗する。そんな微々たる差しかないなら、早く決めて、成功させるための行動に時間を使え」と。
報告を終えて部屋を出た後、自然と涙が溢れてきました。仕事で泣いたのはあれが初めてです。怒鳴られた怖さもありましたが、何より「自分はレポートを作るだけの作業屋になっていたんだ」という情けなさが悔しくて涙が出たんですね。
あの出来事以来、「常に自分ごとで考え、自分の意思で答えを出せるようにしよう」と強く意識するようになりました。
はい。
事業に投資する判断を下すのは、会社のお金も使うし、人の人生も左右するのでやっぱり怖いことです。
だから成功確率を少しでも上げたい、再現性を高めたい。その必死さが「データの活用」に表れていると思っています。
ただ、データから導かれた結果をそのまま機械的に採用するのは「Data-Driven」であり、「Data-Informed」な判断ではありません。
データは意志を持っておらず、現状や傾向、可能性といった「What is」を教えてくれるものです。そこから、何をするのかという「What should be」を決めるのが、人間の役割です。
そもそも、データ自体が判断をするわけではありません。データから得られた示唆をどう使うか、人間が考えて判断するものです。
例えば、顧客データをもとに購入確率の高い商品を分析し、機械的な配信では、その確率が高い商品を継続的にリコメンドすることが効果的でしょう。
一方で、対面販売などを通じて顧客との信頼関係が築けている場面では、購入確率が最も高い商品だけに絞らず、顧客の選択肢や可能性を広げるために、あえて確率上位ではない商品を提案することもあり得ます。
データは「何を選ぶ可能性が高いか」を示してくれますが、そのデータを何のために、どの場面でどう使うかを決めるのは人間です。
私自身、ChatGPTやClaudeを日常的に使い倒していますが、使っていて感じるのは「まるで5年目くらいの、かなり優秀なコンサルタントだな」ということです。調査も早いし、それっぽい内容をまとめて説得力のある発言をする。すごく優秀ですが、よく見ると視座が一段低かったり、解釈が偏っていたりするんです。
AIを使うとは、24時間文句も言わずに働く優秀な部下ができるようなものです。でも、ビジネスの世界で5年目のコンサルタントが出してきたレポートを鵜呑みにして、数十億円の投資を決める経営者はいませんよね。AIが出した答えをそのまま受け取って「これが正解です」と言ってしまう人は、いずれAIに淘汰されてしまいます。
これからの時代に価値が上がるのは、AIという優秀な部下に対して「そもそも解くべき問題はそこなの?」「前提条件は正しいの?」と問い続けられる人です。
具体的には、問いを正しく設定する力、事実と解釈と仮説を切り分ける力、根拠とロジックを検証する力、視座を引き上げる力、実行可能な施策に落とし込む力、そして最終判断を引き受ける力が必要だと考えています。
エンジニアも「頼まれたものをどう作るか」という作業から、「そもそも何を作るのか」「なぜ作るのか」という設計や問いに向き合う役割へとシフトしていくはずです。AIを使ってより“考える量”を増やせる人こそが、生き残っていけるのだと思います。
前提として、仕事の世界において「成長しない人はいない」と思っています。
例えばスポーツの世界だと、努力しても勝てないことがよくあります。
私もクリケットで日本代表をやっていたので分かりますが、オリンピックなら世界中で1人しか金メダルを取れません。勝負事の世界では、どれだけ努力しても「成果」として報われないことの方が多いんです。
ですが、仕事の世界では、努力した分だけ「成長」という形で報われます。運や環境によって必ずしも成果に結びつくとは限りませんが、成長自体は、取り組んだ分だけ返ってきます。
ギックスではカルチャーとして「ラーニング・アニマル」「高い好奇心」「合目的性」「やり遂げる姿勢」の4つを掲げています。
学び続けることは大変ですが、強い好奇心を持っていれば、学ぶこと自体が楽しくなります。好きなゲームなら、時間を忘れて夢中になれることがありますよね。興味を持てることは、苦行ではなくなる。
そして、前例を踏襲せず、目的から逆算してやり遂げる。このカルチャーにフィットしている人であれば、スピードや到達点に違いはあっても、確実に成長していけると考えています。
若いうちは、まだ自分に実績がないため「まずは専門性を身につけたい」と考える人が多いと思います。もちろん専門性を磨くことは大切ですが、専門性というのはどこまでいっても「武器の一つ」であり、手段にすぎません。
大切なのは、その武器を使って「自分は何ができるようになるのか」「何を作るのか」「なぜ作るのか」「それによって誰の何を変えられるのか」を考え続けることです。
自分自身の頭で問いを立て、自分ごととして選択し、意思決定をしていく。そうやって目的意識を持って自分の足で歩んでいけば、AIや時代の変化に振り回されることなく、自らの意思で人生の舵を切っていけるはずです。
「アホか、お前!」などと言われながらも、 その言葉の真意を受け取ろうと努力し、 失敗や葛藤から逃げずに歩んできた網野氏だからこそ、一つ一つの言葉に深い説得力がありました。 「自分自身の頭で問いを立て、自分ごととして選択し、意思決定をしていく。」――私に とっても、キャリアを見つめ直す豊かなきっかけとなる取材でした。
編集:中尾友彦
2012年設立。データに判断を委ねるのではなく、データ“も”用いて人間の判断をより良いものにする「Data-Informed(データインフォームド)」の考え方を軸に、企業の意思決定支援や事業成長を推進している企業。